新しい身分に生きる

もし今日、「この$1のくじは当たり券であって、これを買うならば、あなたの口座には30億円が入ってくるよ」と言われれば、そして、本当にその話が事実であるならば、それを$1出して買わない人はいないと思います。「えー、$1出すのはモッタイナイ!」と言う人や、「どうしようかな、一晩考えさせて!」と言う人はいないと思います。私たちはスグに1ドルを差し出すでしょう。

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愛には制約がある

世界的に有名な隈研吾という日本人建築家からとても興味深いことを教えられました。彼は日本のみならず世界数カ国で同時に仕事をしている世界的に有名な建築家です。東京オリンピックに向け、新国立競技場も彼によって設計され、現在、建築されています。この方の仕事の流儀というものがとても興味深いのです。

一つの土地に何かを建築する時に、当然そこには敷地面積、周りの環境、建築素材、予算などさまざまな制約があります。しかし、彼はその制約を「創造の源」としてとらえているというのです。その制約があるからこそ、そこに深い考えが生まれ、工夫が生まれるというのです。彼はそのインタビューの中で、「もし予算や敷地に制約がなかったらどうしますか?」と尋ねられ、「制約がなかったら制約を探しに行きます。まさに宝ですよ、制約は」と答えています。

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神(God) と神々(gods)との違いとは?

紀元50年頃にパウロがギリシアのアテネで語った言葉です。

『この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主であるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、26また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。(使徒行伝17章24節‐26節)。

この時、パウロは何を見ながらこの言葉を語ったと思いますか?答えはメッセージの中で・・・。

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神の前に静まる

皆さん、神様の存在を信じていますか。今、私達は礼拝を捧げているのですから、ここにいるほとんどの方は神様を信じていることでしょう。しかし「信じている」ということと「信じていることに基づいて生きている」というのは全く異なります。

私達はどれぐらい自分のことを知っているのでしょうか。もっと言いますと自分の限界をどれぐらい私達は知っているでしょうか。自分が依存しなければ生きられないということ、自分がどんなに間違いを起こしやすい存在であるかを私達は知っているでしょうか。

神はそんな私達の対極にあるのです。このお方に限界はなく、このお方は唯一無二、何かに依存しなければならない存在ではなく、完全に独立しているお方であり、このお方に過ちというものは一切、ありません。私達はこのお方を「信じている」と言っているのです。

それでは、なぜ、このお方のみ声をまず聴こうとしないのでしょうか。なぜ、このお方を第一としないのでしょう。このお方を第一にして生きることこそが、人たる者にとって最善の生き方であるのなら、なぜ私達はそうしないのでしょう。

この一時間を神様に捧げるよりもあのこと、このことをしておこう。神様は私達がその一時間で仕上げることを一秒でできることを知っていますか。私達が一時間かけて作り上げたものを一秒でなきものとすることができることを知っていますか。

それが対人関係に関することであるのなら、私達は自分が恐れている人にどうやって向き合おうかとあれやこれや、延々と思い巡します。しかし、その時にその人の全てを神様が掌握していることを知っていますか。それなら、なぜ、このお方が語られることを私達は聞かないのでしょう。

人生の秘訣はまず神を第一とすることです。自分が語る前に、神の御声をまず聴くことです。これに勝る秘訣はないのです。

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