NCM2 is coming to San Diego!

Ncm2_CD_cover先週末、ロサンゼルスで「ろくでなしコンサート」を盛況のうちに終えたNCM2が今夏の日本ツアーを前に今週日曜日(6月3日)にサンディエゴに来てくださいます!サンディエゴ近郊にお住まいの方々、どうぞどなたもお気軽にお越しください。

San Diego Japanese Christian Church  1920 E Street, San Diego CA 92102  (619)234-5627

●礼拝は朝9時より ●礼拝後にミニコンサート ●その後、カレーランチ!

またこの夏は北海道を中心にツアーが予定されています。下北沢「ラカーニャ」共々、ご来場くださいませ。

NCM2 07.2012 CHOIR NIPPON TOUR SCHEDULE

7月15日(日)TBA
7月16日(月)名寄教会(主催:名寄伝道圏)
7月17日(火)美馬牛福音教会(美瑛町)共催:旭川伝道圏
7月18日(水)旭川栄光教会(主催:伝道協力会)
7月19日(木)旭川福音教会
7月22日(日)下北沢「ラ・カーニャ」 NCM2+川瀬葉月 ジョイントライブ

マック

 

Click it or ticket

Clickit今日はメモリアルディーのおやすみです。

数日前からフリーウェイをはしっていると「Click it or ticket」という電光掲示板をよくみかけます。これは交通事故や諸々の事故が起こりやすいシーズンが始まることを考慮して国のシートベルト着用キャンペーンが毎年、メモリアルディーの週末から始まるというところからきているようです。

今日はこれから日系の方達のお墓が多くある墓地にてコミュニティー・サービスがあり聖書のお話をしてきます。惜しまれながら失われていった多くの尊い命を思う時に、小さな注意や手間を怠って命が失われることがないようにと心に銘じ祈ります。だから・・・

1)すぐ近所に出かける時も、シートベルトは必ずつけます。2)後ろにぴったりとはりついて“あおっている”お兄さんにも「まぁまぁ、先に行きなさいよ」と道を譲ります。3)運転中に携帯はいじりません。

こんな「二秒のこと」で授かっている命を失わないように心がけたいです。

サンディエゴはピーカンの晴れ!皆さん、シートベルトをしっかりしめて、今日という一日をお楽しみくださいませませ。

マック

 追伸:昨日は野外礼拝だったために映像配信はできませんでした。来週からまた配信させていただきます。

 

 

みろ!

押してもだめなら引いてみろ 引いてもだめなら曲げてみろ 曲げてもだめなら折ってもみろ 折ってもだめなら塗ってみろ 塗ってもだめなら叩いてみろ 叩いてもだめなら投げてみろ 投げてもだめなら沈めてみろ 沈めてもだめなら寝かせてみろ 寝かせてもだめなら打ちつけてみろ 打ちつけてもだめならこねてみろ こねてもだめなら引っ張ってみろ 引っ張ってもだめなら破いてみろ 破いてもだめなら位置を変えてみろ 位置を変えてもだめなら落としてみろ 落としてもだめならひっくり返してみろ ひっくりかえしてもだめなら砕いてみろ 砕いてもだめならかぶせてみろ かぶせてもだめなら削ってみろ 削ってもだめなら人に聞いてみろ 人に聞いてもだめなら本を読んでみろ 本を読んでもだめなら突いてみろ 突いてもだめなら分解してみろ 分解してもだめなら取り替えてみろ 取り替えてもだめなら・・・・

以上、この世の諸々の問題に対する解決は一つではないということを肝に銘じるべじ。追い込まれることがないように、行き詰ったら現場から離れ、旨い珈琲でもいれて一服すべし。妙案は必ず天からふってくる!

マック

 

 

 

歴代志上:生活の中心に礼拝を据える

聖書を読んでいるとユダヤ人が前に進む原動力はいつも、神がユダヤ民族をどのように導かれたかということの回顧によっていたということが分かる。彼らは過去を回顧しながら前に進んだ。否、前に進むために過去を回顧し続けた。私達はバックミラーのない車を運転する気にはなれない。

旧約聖書を読んでいて思わされることは、イスラエル民族は常に「礼拝」を中心として生きてきた民であるということ。礼拝に関する記事を赤文字で区別したら、旧約聖書は真っ赤になってしまうだろう。

 

今日、礼拝でお話しました「日英語メッセージ原稿」および「本日のお持ち帰り」です。今日の礼拝プルグラムはこちらから ↓。

マック

 

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あなたのプリンシパルは何ですか?

時々、羅府新報に原稿を書かせていただいています。以前、ブログでも取り上げたような内容なのですが、先週はこんな記事を掲載していただきました。

 

Imagesここ数年、日系書店に並ぶ書籍の中によく「白洲次郎」という名前を見かけます。あまりにもあちこちでその名前を見聞きしますので、彼に関する本を数冊読んでみました。

1945年、終戦を迎え、白洲は戦勝国であった連合国最高司令官総司令部(GHQ)との交渉にあたった人で、この交渉に対して、当時の日本政府および日本人がとった姿勢とは異なり、彼は培ったプリンシパル(原理原則)にのっとって堂々と交渉にあたり、GHQ要人をして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめたといいます。

彼について記された本を読んでいますと、何度も上記のプリンシパルという言葉を見出し、さらに読み進めていくと、その彼の人生そのものがこのプリンシパルにのっとって形造られてきたものであることがよく分かりました(彼がその心中、どのような原則をもっていたのかその核心について私は分かりませんが)。 

今日なぜ彼の名前が取り上げられ、彼の生涯をつづった本が売れているのでしょうか。きっと、それは彼が自分のプリンシパルをしっかりともって、自分の頭で考え、自分で決断して、責任をもって主体的に生きたことに日本の方たちが惹きつけられているのではないかと思うのです。 

さらに、最近「日本国民は決断できるリーダーを求めている」というような日本の新聞記事も読み、内心、驚きました。なぜなら、アメリカではリーダーが決断するということは当たり前のことであって、それはあえて国民が希望するようなことではないからです。この背景には私達日本人がプリンシパルを求めながらも、それを見つけることに困難をおぼえているという現実があるのではないかと思いました。

私達の生きる世界は日々、めまぐるしく変化しています。しかし、時代は変われども、聖書はこれまで加筆、訂正されたことなく今も昔も変わらずに私達の手元にあります。数え切れないほど多くの人達が、この聖書の原則に照らし合わせて、祈り、考え、そして決断へと導かれてきました。本来、優柔不断で失敗多きこの者ですが、私も今、この聖書にめぐりあい、それを己がプリンシパルとして日々、暮らしています。自分は確かにここに立っているという、あなたのプリンシパルは何ですか。

この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜もそれを思い、そのうちにしるされていることを、ことごとく守って行わなければならない。そうするならば、あなたの道は栄え、あなたは勝利を得るであろう」。聖書:ヨシュア1章8節

マック

 

明記麵家!

2012-05-07_12-31-53_500いったいこの中にアメリカ生まれの人が何人いるのだろうと思わされるエスニックなEl Cajon Blvdの只中に『明記麵家』はある。その名のとおりメニューは麵・麵・麵!

店内は重慶なのか、昆明なのか分からなくなるような町の食堂。食べている人達はあちこちから集まってきたアジア人、そして満席。上海の路地裏から現れたような風貌のおじいちゃんの一団が賑やかにラーメンをすすり、「ネギなどというものは、均等に切る必要はな

2012-05-07_12-47-56_138いのだ、そもそも、そんなことは誰が決めたのだ」という中国云千年の確信に満ちたアバウトさがいい(笑)!どこからか「酔拳」や「蛇拳」時代のジャッキー・チェーンが出てきて、町のならず者とからんで、騒動となるような雰囲気がたまりません。こういう店を接待用に(ここで接待かい!笑)、一軒はおさえておきたいと思っていたのですが願いが実現しました。

マック

追伸:朝八時から開いているようで、お粥も出しているようです。ちと偵察に行きませう。イエス・キリストが現代にいたら、好んで弟子たちとこんな食堂にやってきて楽しんだんだろうなと勝手に思い込んでおります。

 

My Way

220px-My_Way_(2011_film) Myway14ディオフ。

久しぶりに銀幕へ。市内一箇所だけで上映されていた「My Way (마이 웨이)」。

第二次世界大戦末期、連合軍が捕らえたドイツ軍捕虜のなかに日本、ソ連、ドイツという三つの国の軍人として戦い、果てにフランスのノルマンディーにたどり着いたという東洋人の一枚の写真からインスパイアされて作られた「Saving Private Ryan」と「Letters from Iwo Jima」と「Combat! 」と「Chariots of Fire」を足して二で割ったような韓国映画。

なぜこの映画が「My Way」なのか、そんなことばかり考えていました。

マック

追伸:映画の半分は日本語でした。

 

 

 

 

母の日に贈る言葉

今日は母の日です。日々、家族のために子供達のために労を惜しまない、お母さん達に対して、私は何も言う言葉のないものです。しかし、あえて母の日、一言だけお母さん達へエールを送りたいと思います。それは、お母さん達がどんな能力があるとか、どんなものを持っているかということは、あまり大きな問題ではないということです。神を畏れ、神を信頼して、神に従って生きているか否か、それこそが最も大事なことなのです。それこそが母が子に残すことができる最大の財産であり、そう生きる時に、この厳しい時代であっても、私たちは神様の驚くべきみわざと祝福を垣間見ることができるのです。

 

今日、礼拝でお話しました「日英語メッセージ原稿」および「本日のお持ち帰り」です。今日の礼拝プログラムはこちらから。

マック

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