信頼と責任

Img_0312_3そのおばちゃんは週にニ、三度、ダウンタウンからやってくる。そしてダメもとで色々なことを要求してくる。何度か約束をして、色々なことをしてあげたことがあるのだけど、その約束はことごとく破られた。「あの時の約束はどうなったんだい」と言っても、どこ吹く風、タバコをふかしながら帰っていく。

ある時、いつものようにあることをお願いしてきた。色々と話しあい、結論から言うと「貸ししてくれ」という要求に「応じた」。でも、その時は自分の前に座っていただき、彼女の目から視線をそらさずにじっと見つめ「信じているよ」と言葉を繰り返した。

その後、しばらく、彼女が教会を訪ねてくることはなくなり、「やっぱりだめだったのか」と半分諦めていた。しかし、一月ほどだった時だろうか、教会にある私のメールボックスの中に貸していたものが入っていた。私はその時、彼女との一件をすっかり忘れており、思い当たる節がなく、これは何だろうかと思いめぐらしていた。

数日後、彼女がやってきた。そして、ニコニコしながら言った。「Did you get it? 」。はぁ~ん、そうだったんかい。私は嬉しくなって「I am proud of you!」と笑った。おばちゃんは、その時、今までに見たこともない自尊心に満ちた笑顔を見せた。

願っているものが与えられるということではなく、信頼に応え、自分の責任を果たすことができた時に、人は本当の喜びにあずかれるのですね。

Soli Deo Gloria!                                      マック

追伸:「援助」ということに対して、自分なりの基軸を模索中です。

徒然

午前、M宅バイブルスタディーへ。聖書の詩篇を学んでいるのですが、それが「リーマン・ブラザーズ」とか「ビンラディン」、果ては「なぜ米国は左ハンドルの車を日本に輸出していたのか」ということまで話は展開し、世俗牧師としては嬉しい限り。

美味しい昼食後、研究者のSさんとしばし語り合う。今、子ども達は「既成の事実」を教えられているけれど、まだこの世界には分っていないことがたくさんあるのだから、「このことはまだ分かっていない」ということを子ども達に教えたいとの言葉に深く頷く。

「まだ、世界で分かっていないこと、発明途上のことについて」なんて教科書と授業があれば、子ども達の目は輝き、「それなら僕が!」なんて、心に火がつくのではなかろうか。勉強とは本来、エキサイティングなものである。Sさん、応援しています!

そんな一日を過ごし、不覚にも夜、発熱。タイラノールを飲み、早々に就寝。J0403076 「タイラノールは風邪には効くけれど、なぜ効くのか分っていないのですよ」と昔、教えていただいた「わかっていないこと」を真剣に考える夢の世界の私がいた。

マック

選挙が終わりました。

選挙結果が出た後のオバマ氏の演説は力強く共感できるものでした。特にこの国で人種の壁を越えてオバマ氏が選出されたということは、とてつもなく大きな意味を含むことで、キング牧師とも親交のあったジェイシー・ジャクソン師が涙を流している姿が印象的でした。

またロスのM師匠やシカゴのはちこさんも書いていますが、マケイン氏の最後の演説には、色々なことを教えられました(前述したように力強いオバマ氏の演説は良かったのですが、最後の謙虚なマケイン氏の演説に彼が再三、訴えてきた"経験"(人生)の違いが一番あらわれていたように思います)。

その演説の中でマケイン氏がオバマ氏の名前に触れると一部の聴衆の中からブーイングが起こりました。しかし、彼は父親が「これからはそれじゃいけないよ」と子達を諭すようにおさめ、最後に「彼(オバマ氏)は、これまで私の敵だったけれど、彼は私の大統領になるだろう」と言いきりました。言葉の節々には党派というよりも、常にこの国のことがあり、この人は本当にアメリカを愛していたのだなぁーと改めて思わされました。

オバマ氏は当選の喜びも束の間で、これから山積みされた国内外の問題に向き合っていくことでしょう。この国の牧師として、私がまず出来ることは、この新リーダーのために祈ることです。

すべての人のために、王たちと上に立っている全ての人々のために、願いと、祈りととりなりと、感謝とをささげなさい。それは私達が、安らかで静かな一生を真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。(テモテへの第一の手紙2章1節-2節)

マック

追伸:M師匠、考えていることが近く、映像、み言葉等、共有させていただきました。

選挙当日:重慶で学んだこと

折に触れて思い起こす思い出がある。

18年ほど前、私は中国の四川州、重慶という町にいた。

P1030829_3 時は中国の正月。数億という人達が帰郷するシーズンで、本当はそんな時に外国人が中国国内を移動しようなどと考えてはいけない。

でも、当時、私はその環境(寒さと大気汚染)からか、悪寒、吐き気、咳と三重苦を負っており、重慶という町にもホトホト疲れてしまっていて、一日も早く温かい南の昆明に行きたいと、連日駅に行っては切符を買おうとしていた。

F1000016 それこそ、朝まだ暗いうちから駅に行くのだが、驚いたのは、夜が明ける極寒の駅前には何千人もの人の影が既にあり、彼らが発する息の白さが霧のようになって、その場をおおっているような状況。明らかに窓口に到達するのは数日後ではないかというような状況(仮に到達しても切符を売ってもらえる保証はない)。精神的にも肉体的にもその目に見える現実に連日、打ちのめされていた。

そんな時、私が滞在していた安宿にスペインから来たという若い司祭がいて、フラストレイトしている自分を見かねて、静かにこんな声をかけてくれた。

「こういう時は静かに自分の周りの状況を見極めるんだ。そして、祈りつつ動くんだ」。

髭もじゃの彼の人となりと、太く静かに話す彼のこの一言は私の心に確かに刻まれた・・・。

今日は選挙。多くの人々は現在と将来に不安を感じて変革を叫ぶ。確かに今の状況を思えば、何かしらの変化が必要だろう。でも「自分自身」をいたずらに変化の中に流してしまってはいけない。こんな時だからこそ、あの重慶の宿で話してくれた彼の言葉が聖書の言葉と姿を変え、語りかける。

静まって、私こそ神であることを知れ」 詩篇46篇10節

マック

喉かれ親父の武者震い

オフディー。

先週までサンデイェゴは連日30℃を越えるような暑さ。そして、カラカラのドライの天気。そのせいか、礼拝が終わった頃から、声がかすれ声に・・・。それゆえ今日は少し労わりモード。

それでも夕方、長男坊のサッカーの練習へ。

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新シーズンで場所が変わり、うらやましくなるようなサッカー専用フィールドに思わず武者震い(なんで、本人でなくてあなたなの?)。

この広さなら「三十路終了秒読み親父」でもなんとかなるのではなかろうか。どこかに互いに労わりあえるような「オジサンチーム」はなかろうか。

マック

昨日、何が起きたとしても今日は新しい朝がくる。

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無言のエールが送られているような気持ちになる。

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マック

追伸:全然、話は違いますが、来年1月2日、3日と新年聖会があります。同労者のパスターNのブログからアナウンスを拝借します。締め切りは11月9日。どなたもお気軽にどうぞ!(お子さん連れでもダイジョーブです)。

「涙そうそう」とチャンポンと・・・

宣教師の息子として日本で育ったKさんと相棒のパスターIとランチへ。博識なKさん、ひとしきり色々なことをお話してくださる。ヤンガーパスターはうなずくのみ。

ビギンの「涙そうそう」が店内で流れ、チャンポンをすする中、GodとかHeavenという言葉が店内に響く。

私達は生きている。涙ポロポロ流れるこの世界で。私達は生きている。Heavenの希望と喜びを先取りして・・・。

光りは闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった」聖書:ヨハネ1:5

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マック

食・眠・仕

一日時間がさかのぼり昨夕、無事サンデイェゴに到着。留守の間、礼拝メッセージ、バイブルスタディーを取り次いでくださったF先生ご夫妻が夕食を用意していてくださり、疲れていた体に力を取り戻す。ありがとうございました!

成田から隣に座ったスペイン・バルセロナ生まれ、パサデナ在住のお兄さんが話す、話す、4時間ほど日本について、聖書について、クリスチャニティーについて話す。それゆえ、約14分ほどしか眠れず、夜10時にベッドに入り、今朝10時まで泥のように眠る。これで時差ぼけは解消したと思う。

後、教会へ。オフィスに入って椅子に座ると、自分のベースキャンプに戻ってきたような感じがする。さぁー心を入れかえていくぞ!!

マック

ガス

日本でも最近は増えたらしいけど、こちらはセルフサービスなので自分でガソリンを入れる。ホースの先を注入口に入れて、ほぼ満タンになると、自動的に注入がとまる。しかし、それでもまだタンクには余裕があって、キリのいい値段までガスをいれる。

先日、その現場に家内がいて、勝ち誇ったようにこう言った。「私は注入が止まってから、さらに6ドル分、入れたことがある。だからまだまだいける」。

「ほんとかねー、すごい根性だなー」と思いつつ、「本当にまだいけるのか」「まだまだ」「冗談だろー」「あと2ドルはいけるね」というような挑発を受けながら、メーターを睨みつけながら緊迫した時が流れた。ところが、ああでもないこうでもないと言い合いながらフト注入口を見たらジャージャーとガソリンが足元に溢れ出ているではないか!

それから「そもそもね~」「でもさ~」と“そもそも・でもさ論争”がしばらく続いた。

牧師夫妻といえども、こんなものである。

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マック