ビンゴ!

3先週末から長男の体調が思わしくなく、昨日は学校をやすみ、昼頃、オフィスに「40℃ちかくまで発熱している」という電話があり、すぐに病院にアポを入れました。

夕方、帰宅してみると、とにかく体が痛く、寒いとのこと。医師に診断してもらうと「これが二月ならインフルエンザなんだけれど・・・」と別方向の処方に向かいそうだったので「フルーだと思うから、一度、検査してください」と懇願。この願いがきかれ、鼻の中に綿棒を押し込み粘液を取り、待つこと10分。医者は「大当たり、フルーのB型です」とのこと。フルーと言われて喜ぶのも変ですが「やった~」と内心、ガッツポーズ。この的を外したら、これから数日間、回復を見込めませんから。こうして我が家では「初タミフル」の処方となりました(ピンポイントの抗生物質ですから効果は絶大です)。案の定、今朝の長男は昨日までの苦しみが嘘だったかのように晴れやかな顔をして起きてきました。

元気な時はそれが当たり前のように暮らしていますが、健やかでいられるということは何とありがたいことでしょうか。そうそう、スティーブ・ジョブさんが言っていました。「病気だけは人に代わってもらうことはできない」。至言ですね。

マック

 

 

トロの味

アボガド先日、アボガドの苗木をいただきました。その時、既に小さな実がなっていたのですが、日毎に少しづつ大きくなっており、夕暮れにそんな成長を見ることがささやかな楽しみとなっています。

アボガドといえばその昔、日本食屋など一件もないアメリカ南部にいた時に「トロの味がするよ」と言われ、以来、日本食が恋しくなるとアボガドを刺身サイズに切って、ワサビ醤油につけ、目をつぶりトロを思い浮かべながらよく食べていました。もしこのアボガドを収穫することができたら、そんな日々を懐かしみながらわさび醤油でいただくことにします。

マック

 

 

搾りかす

jYUDEN『さて使徒たちはイエスのもとに集まって来て、自分たちのしたこと、教えたことを残らずイエスに報告した。そこでイエスは彼らに「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」と言われた。人々の出入りが多くて、ゆっくり食事する時間さえなかったからである。そこで彼らは、舟に乗って、自分たちだけで寂しい所へ行った』(マルコの福音書 6章30節ー32節)

しばらくご無沙汰しておりました。先月の28日からサバティカルをいただき、この一月、充電にあてており、いよいよ今日からの復帰となりました。

仕事がらいつも内なるものを外に出さなければならない日々を送っていますゆえに、私達の属する教団から「五年ごとに二か月のサバティカルをとらなければならない」というお勧めをいただいています(多くの日本人牧師はその習性からか、この取り決めに躊躇し、「そう言われてもね~」と従わずにいましたので数年前からはいよいよ「取らなければならないもの」となりました)。

確かに五年間、入れて出して、入れて出してということを繰り返していると、やがて枯渇してくるということは自分でも気がついていることで、その状態でミニストリーを続けていくということは、そのうちに「搾りかす」しか出てこない状態になるという危機感が確かにあります。そしてそうなりますとこのことで一番、害を与えてしまう方達というのは教会にいらっしゃっている方達となってしまうわけで、最近になって教団の言っていることも間違ってはいないなと思い始めています(上記の御言葉においてイエス様は弟子達の「したこと」「教えたこと」という彼らから出ていったことの報告を受け、彼らに主の前に静まることを勧めたのではないかと思います)。

ということでこの一月、「出す、出る」ということから距離をおいておりましたので、このブログからも遠ざかっておりましたが、またここから発信していくことができたらと願っております。

この間、同労の牧師達に講壇の御用を助けていただきましたこと、教会の兄弟姉妹が留守の教会をしっかりと守ってくださったこと、ありがとうございました。また今日から主にあって、よろしくお願いします。

静かな武者震いと共に・・・

マック

 

 

 

 

 

 

再訪

6a01287781ba0b970c014e5f53642f970c2011年2月、一人でイスラエルを旅しました。見ること、聞くこと全てが新鮮で、今もあの時の感動を忘れることができません。以来、聖書を読んでいても、よみがえってくる光景が随所にあります。

この感動を皆にも知ってほしい、以来、ずっとこのことを考えてきまして、一年半ほど前からその準備にとりかかりました。そしてこの度、教会の15名の兄弟姉妹とかの地を訪ねるべく、来週から出かけてまいります。

今でも覚えています。夕方のテルアビブ空港に着き、長い髭をはやしたユダヤ人のおじさんの間に押し込まれ、乗り合いのバスでエルサレムに向かった日を。ディズニーランドの国からやってきて、暗くなったエルサレム旧市街のヤッホ門の前でバスを降りた時、タイムスリップしてしまったかのように思われた不思議な気持ちを。「あぁ~ついに来たんだな」という感無量の思いでした。そこから始まり、南はソドム、北はゴラン高原まであまねくイスラエルの大地を踏みしめました。

その時は一人でしたので、それをシェアーする相手もなく感動をかみしめて旅を続けました。しかし、この度は気心知れた兄弟姉妹と神が物語を紡がれた舞台を歩くことができますことは何よりも大きな喜びです。

この度、このためにユースパスタ―のY師が我が家に泊り、子供たちと過ごしてくれることになりました。1998年、アメリカに渡ってきた日以来、妻と二人で旅行に出るのはこれが初めてです。夫婦として共有したいと願っていた「To Do List」の一つをこの度、消すことができることを神様に、教会の兄弟姉妹に、Y師に子供達に心から感謝しております。また多くのインスピレーションを得て、しっかりと還元させていただきたい、そう願っています。

マック

 

再開

IMG_20160101_123339194『主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか』(ミカ6章8節)

明けましておめでとうございます。昨年の秋から公私ともに色々とめまぐるしく、なかなか腰を落ち着けてブログに向き合う余裕がありませんでしたが、少しづつ環境が整ってきましたので、また心にあることを少しづつ書き始めていきたいと願っています。新年もよろしくお願いします。

マック

追伸:写真は元旦にいつもの山に男三人で登った時のもの。

 

 

病む世界

11611-CrossChristArticle昨日、妻から電話がありました。電話をとった瞬間に流れる一瞬の空気と彼女の声の調子で何か良くないことが起きたことがだいたい分かります。昨日の電話はまさしく、その類の電話でした。

その時、妻は車を運転していました。T字路となる道の前に一台の車がとまっており、その車の後ろに妻は車をとめ、この前方車が右折するのか、左折するのかを待っていたのですが、急にその車が対応できないようなスピードでバックをして妻の車にぶつかったのです。さいわい誰も怪我はなく、ただあちらの車の左後方部に傷がつき、私達の車の右前方のライトが割れ、バンパーがぼっこりとへこみました。電話を受けた私はその時に教会にいたのですが、すぐに現場に向かいました。

その時は妻以外にkさんが助手席、そして次男坊が後部座席におり、三人共に車がバックしてきているのを目撃しており、妻も「あれ、あれ、バックするの」というようなことを言っている間に、車はぶつかりました。しかし、この車に乗っていた男性は自分はバックをしておらず、お前が自分の車に突っ込んできたと主張します。

開き直っているのか、堂々と自分が悪くないと大声を出している男にさすがに憤りを感じ、どうにか彼の良心に真実が届かぬものかとこちらも何度も問い続けたのですが、まったくだめ。「互いの保険会社の情報を交換したのだから、後はそちらが何とかするだろう」とだけ主張し、最後には「私の妻の目を見てバックしていないと言ってみてくれ」と迫ったのですが、最後まで非を認めずに、去っていきました(ポリスにも電話をしたのですが、けが人がいないかぎり彼らは現場には来ません)。

とてつもない徒労感、でも、これが現実であり、これが人間なのだと妻と話しました。そうです、私達の心は救いがたく病んでいるのです。おりしも今、私達の教会ではイエス・キリストの十字架について話をしています。十字架の意義は私達のまわりにこのようにいくらでも見てとれるのです。彼の心がいつかこの十字架の光によって照らされることを祈っています。

マック

片隅

IMG_20150809_085630615昨日は休暇中の日曜日。家族は自分の教会が一番いいと、いつも通りに礼拝へ(こう言ってくれるのはとても感謝なことです)。私はと言えば会衆席に座り、メッセージを聞かせていただくことが大切と、近所のこちらへ

しかしながら、ここの主任牧師も休暇中ということで(笑)、ゲストスピーカーでした。このようにアメリカを代表するようなプリチャーが身近にいるのだから、もっと彼らから学ばなければならないと反省しました。とかく自分の属している教団や教会というものが自分の全てになってしまいますが、そうではなくて私達は世界の片隅にいる者であるということをいつも自覚していないといけないですね。

マック

 

歓迎します、こんな間違い。

iine今朝、いつもお世話になっているボディショップに車のオイルチェンジを頼みました。オイルチェンジと言えども、車を預けるということは若干、覚悟がいるものです。なぜなら、その時に問題が見つかる可能性があり、これまでも何度か懐が痛い経験をしているからです(涙)。

午後になり、おそるおそるオーナーのティムに電話をすると二か所から漏れが見つかり、修理には数百ドルかかるということ。「きたか~」と思いつつも、彼に対する信頼は確かなので、とにかく君が直す必要があると思うのならよろしく頼むと話し、一応、確認のためにショップを訪ねてみると、どういうわけか彼は私の顔を見て、???・・・。

「も、もしかしてさっき電話くれた?」「あぁ、かけたよ」「ごめん、ニッサンって言っていたから間違えてたよ。あれは別のニッサンのお客さん・・・」。ということで私のニッサンはオイルチェンジをしただけで、問題はなかったということ。何か命拾いをしたような気持ちです。こういう間違いはいつでも歓迎します!

マック

侵入者との戦いに備える

我が家では野外に通じるドアを開ける時はすばやく閉めなければならないという掟がある。なぜなら、その瞬間にすかさず屋内に入ってくる侵入者がいるからだ。それが食事時になると最悪で、奴らはふてぶてしくも、我らの食事に許可なくたかるのである。こうなると侍の血を引く我々は刺客となって、招かざるものを仕留めることになる。

世の中にはその緊迫した時間を楽しもうという者達もおり、おそらく私もこのようなものが目の前で売られていたら、手を伸ばしてビュンビュンと振り回しながら使い勝手を試してしまう類の人間である。

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さらに世の中にはその緊迫した時間をスポーツとして楽しもうという人もおり、この類の人はどんな敵に囲まれても跳ね除けていくことができるのではないかと想像するが、わたしはここまでしよとうは思わない。

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そこで私が今、取り組もうとしていることは今、手元にある10粒の種を植えることである。この10粒、$2.99のDionaea Muscipula Giant Clip Venus Flytrap Carnivorous という生涯かけても覚えることができない名前をもつツワモノが育つ保障は全くないが、その暁には自然界の厳しい掟というものを子供達に伝えたいと願っている。

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マック

追伸:こんなことばかりしているこの者と連れ添ってくれている妻には心から感謝しています。

男らしさ

flames-postersハリウッド映画のポスターを見てごらん。その多くは決まって英雄となる主人公がポーズをとって拳銃を握っている。そして、すさまじい銃撃を受けながらも、彼らには銃弾がなかなか当たらずに(笑)、反対に自分が撃つ弾は百発百中。鉄棒で殴られて立ち上がれる人なんていないはず。『Die Hard』なんてことはなく、人の命ははかないもの。ちらっと銃を所持している人を見るだけで僕たちの魂は震えあがり、心臓はとまる。それが現実。

一応、設定は男らしいヒーローとして描かれているそんな映画だけれど、本当の男らしさをこのような映画の中に見出そうとしても見つけることなどはできません(こんなことはみんな分かっていて、観ているとは思いますが、念のため・・・)。

本当の男らしさとは日々、地道に自分が果たすべき責任を守ること。ため息が出るような出来事に日々向き合っても、それを投げ出さないこと。蒔かれた種が芽をだし、それが成長するまで待ち続けることができること。そんなところに本当の男らしさは隠れている。言うまでもなく、こんなテーマでは ”売れる” 映画にはならないけどね。

マック